名古屋高等裁判所金沢支部 昭和31年(う)268号 判決
原判決挙示の証拠を綜合すれば、原判示第一、第二、第三の各事実を肯認することが出来る。弁護人は判示第一、第二の事実につき「被告人はこれ等の各行為後、今井正吾、中村篤等に対し金員の使途を告げ、その承認を受けたものであつて、被告人の前記の行為は、犯罪を構成しない。」旨主張するけれども、然しながら、仮令、被告人に於て、所論の如く、処分権者より事後承認を受けたとしても、犯罪の情状にこれを斟酌するは格別、これによつて、既に成立した犯罪に、何等の消長を及ぼすを得ないこと、勿論であるのみならず、今井正吾の検察官に対する第二回供述調書の記載、中村篤の検察官に対する第三回供述調書(記録第一〇四二丁以下)の記載に依れば、被告人は、その主張するように今井、中村等に金員の使途を打明け、その諒解を得たものではなかつたことを看取するに足る。原審並に当審に於ける右今井、中村等の供述を検討するも、なおいまだ以て所論の事実を肯定せしめるに足りないから、論旨は理由がない。弁護人は判示第三の事実に関し「刑法第二百四十七条は、所謂目的罪であり、また所謂実害罪であると考えられるところ、被告人及び中村篤は、本人に損害を加える目的で、原判示のような所為に及んだ訳でなく、また、その結果として、本人に対し何等財産上の実害を加えるに至らなかつたから、被告人の所為は、犯罪を構成しない。」旨主張するけれども、然しながら、凡そ背任罪は、加害の意思を以て、その成立要件とするものでなく、損害発生の可能性に対する認識があれば十分であると考えられるのみならず、また、本人の財産に対し、実害を加えた場合のみに限らず、実害発生の危険を生ぜしめた場合にも、成立すると解すべきであるから、論旨はそれ自体理由がない。なお原判決挙示の証拠、殊に被告人並に中村篤に対する検察官作成各供述調書の記載等に徴すれば、被告人は中村篤と共謀の上、浄法寺農業協同組合に対し、財産上の損害を生ぜしめるものであることを認識しながら、原判示の如く、中村篤の手に依り、同組合長名義の約束手形を振出し、同組合に対し、その各手形振出額相当の債務を現実に負担せしめ、以て財産上の実害を加えたものであることを肯認するに十分であり、右事実は背任罪の構成要件を完全に充足し、原判決は事実を誤認したものでもなければ、法令の適用を誤つたものでもないから、これ等の点に関する論旨は、すべてその理由がない。
(裁判長判事 高城運七 判事 成智寿朗 判事 沢田哲夫)